自己紹介

はじめまして

永井ふみ(略してnami)と申します。
当ブログ 楽に生きる、楽しく生きる。 にお越しくださり、ありがとうございます。

概要

名前の最初と最後の文字をとって「nami」です。
1978年生まれ
性別:女

〇好きな食べもの:
香りがあるもの(香味野菜、スパイスの香りたっぷりな料理、お出汁の香りも好き)

×嫌いな食べ物:
とっても脂っこいもの(豚バラ肉や牛カルビ焼き肉、揚げ物は遠慮申し上げます)

〇趣味:
読書、カラオケ(最近行けてない)、ブログ書くこと、夫婦恋愛、夫婦セッ☆ス

〇好きな状況:
ひとり時間、話を聞く(アドバイスは苦手)、一方的にしゃべる(返されるのは苦手)、スマホ・PCのタイピング、MicrosoftOfficeで文書を作る、紙を触る(資料作成とか折り紙とか封筒詰めとか)

×苦手な状況:
たくさんの人と接する、化学香料のにおい、人の感情をぶつけられること、映画館、テレビドラマ、お笑い

幼少期

岐阜県生まれ。
生後4か月で富山県へ引っ越し、以降ずっと富山県民。

3歳児検診で、生まれつき、遠視、乱視、斜視があることが発覚。
弱視、眼球振とうもあり、目は弱い。のちに近視も発症。
以後、現在に至るまで眼鏡を手放せない。

3歳までしゃべらなかったが、ある日連れていかれた人形劇に心ひかれたのか、自宅のカーテンの影で一人人形劇をしながらしゃべるようになる。
その後は、むしろおしゃべり娘一直線。

発語のきっかけとなった【ナマの芸術】のすばらしさに感動した母親により、子ども劇場に入会。以後20年に渡り、お芝居、人形劇、伝統芸能、クラシックコンサート、その他のコンサート、オペラ、バレエなど、様々な作品を年数回ずつ鑑賞しながら育つ。

全国の劇場運動の流れもあって、平和運動や、教育関係、食や環境への意識、沖縄基地についてや、世界の教育福祉事情、などの情報に多く触れることになる。

学童期

地元の公立小学校に入学。

低学年の夏休みに、道を歩いていて痴漢にあう。
自転車で後ろから近寄られ、駈け寄られて持ち上げられ、道端の畑に押し付けられる。陰部を触られただけで済んだが、以後、トラウマとなる。
一緒にいた弟に現場を見られたが、ショックを受けていることを表現することができず、何でもない風を装う。

このころから【素直な感情を表現すること】に異常な罪悪感を持っていた。

高学年になり、同級生からのいじめにあう。廊下をふさがれたり、グループを組むときはいつも余ったり、うち履きをゴミ箱に捨てられたりなど、義務教育の間続く。人間関係、特に女の人間関係が苦手なのはここから。

一方、学校のほかでは、子ども劇場の活動のひとつとして、毎年キャンプに参加。見た目によらぬアウトドア気質に育つ。

学生時代

中学校の部活は、合唱部。

部活中、毎日腹筋をしていたが、ある日その途中でオーガ☆ムを体験をする。当時は意味が分からず、のちに書籍等で意味を知る。

趣味で、漫画と、同人誌を読むようになったのは、このころから。NLもBLも百合も全部大丈夫。当時よく読んでいたのは、なるしまゆりさんの蔵×幽。漫画ではCLAMPの初期作品や、大和和記作品が好き。

中学から高校に上がるときに、金銭的な理由により同市内の別地域へと引っ越す。小さな借家暮らしが始まるが、小学校中学校といじめられていた地域を離れたため、割と快適に過ごす。

高校の部活は、放送演劇部(放送部と演劇部が合体した部活)。演劇部の遠征で、高校3年生の時に、全米高校演劇祭に参加。貴重な海外経験となる。

大学は地元の国立4年制大学に進学。
在学中は恋愛をしたり、コミケに行ったり、バイトをしたりして暮らす。根が真面目なので、単位もなんとか取得。

処女を手放したのも、初めての彼氏ができたのも、大学時代。彼とは在学中から卒業後までお付き合いしていたが、10代の時から「結婚して、夫婦でずっと恋愛する」が目標だったため、同年代の男性の結婚観とはあまり合わなかった。

独身時代

大学を卒業後、派遣社員として製造業の事務仕事を始める。初めての彼氏とはその年に別れて、次のおつきあいに即日移行。

恋愛におけるモットーは、
・結婚しないなら付き合っている意味がない。
・恋愛しないなら結婚する意味がない。

精神的に不安定になることが多く、特に恋愛面でのやりとりがその引き金となりがちだった。俗にいう、境界性パーソナリティー障害の症状と酷似していたが、知識がなかったため受診には至らず。

性的なことへの好奇心も旺盛で、興味があることは体験していった。
27歳のときに付き合っていた男性の子を妊娠して結婚。
男性の両親との同居生活+初めての出産・育児が始まる。

1度目の結婚生活

生後1か月のあいだに、育児のストレスがピークに。眠れないことが何よりも辛かった。夫も義両親も育児に協力的だったにも関わらず、精神的にとても不安定になる。

生後数か月で夜泣きが始まり、さらに気持ちのアップダウンが激化。

ある夜、夜泣きする我が子を床に投げつけたくなり、ぎりぎりのところでベビーベッドにおろし、なんとか逃げ出そうと思ったが・・・

パニックになっている自分を知られるのが怖くて、義両親が眠る階下には行けないと判断。二階の窓を開けて、(一階の)屋根の上に飛び出す。雪が積もった瓦屋根の上はとても危険だったが、さいわいにも怪我等はなく、数分して頭が冷えて部屋に戻った。

その後数年は、気分の上下はありながらも普通に生活。「結婚して、夫婦でずっと恋愛する」という目標に向けて頑張っていた。夫は恋愛にそんなに積極的ではなく、精神的にも、身体の関係でも、なかなか満足を得られなかった。

二人目の子の妊娠中に、夫から「離婚してほしい」と言われる。namiの精神的な不安定が酷すぎるのが原因。離婚は絶対にしたくなかったため、妊娠期間中を通して協議を重ねるも、結論は出ず。「子供は産んでほしい」という夫の意向を受けて、出産を決意する。

産後、離婚協議を続けながら、心のことや、スピリチュアルなどの知識に出会う。アダルトチルドレンという概念を知り、同じような「生きづらさ」を持つ人たちと、mixiや相談掲示板を通じてやり取りするようになる。

カウンセラー澤谷鑛さんの講座にも通い、そのつながりで、心屋仁之助さん、池川明さん、その他たくさんの心の師匠に出会う。

夫とは、関係が修復することはなく、第二子が2歳の時に離婚。
離婚当時から、「心の傷が癒えたら再婚する」と心に決めていたため、実家には戻らず、苗字も戻さなかった。

義両親と同居していた家から車で5分の場所に、アパートを借りて生活を始める。

シングルマザーのころ

離婚協議中、前夫から言われた「離婚しない限り、そのストレスが大きすぎて子育てに協力はできない。離婚してくれたら父親としての責任を果たす」との言葉通り、定期的な父子面会や、養育費の支払いは、スムーズに行われ、現在も続いている。子どもたちは一緒には住んでいないものの、父親を父親と認識して育つ。

心のことやスピリチュアルなことに、ますますのめりこんだのはこのころ。本もたくさん読んだが、実際にセミナーに行くこともあった。吉田至叶人さんのアートセラピーとドリームセラピー、水島広子さんのアティテューディナルヒーリング、ジェームス・スキナーさんの成功の9ステップ、GCSのコーチング講座、などを受講した。

また、アダルトチルドレンのピアカウンセラーとして、メール相談に5年間ほどボランティアで従事した。

本屋に何度も通う中で、子宮委員長はるさんの著書(処女作の子宮委員会)に出会い、衝撃を受ける。「男と女は違う」「女は多重人格」「男の論理では女は精神病」の言葉に、激しく同意。たくさん心のことを学びながら、どうしても実践できなくて苦しかったことの多くが、女だから、という一言で説明がつくことに深い安心感を覚えた。しかし、なかなか行動にそれを反映することはできなかった。

数年たって離婚のショックな気持ちが落ち着いてきたころ、婚活を開始。約2年間の活動を経て、38歳で二度目の結婚をする。

再婚後

目標としてきた「結婚して、夫婦でずっと恋愛する」生活を叶え、現在結婚3年目。
夢が叶ったので、精神的にも肉体的にもかなり安定した生活を送れるようになった。

婚活で相手選びの指針としていた「夕飯を一緒に食べられる人」の条件を満たしてくれる夫と、食事&晩酌をする時間はとても大切にしている。

また、愛情や感謝を言葉で伝え合うこと、スキンシップを多めにすること、子どもたちを笑顔にすること、お互いのチャレンジ(仕事や趣味などいろいろ)は相互に応援し合うこと、などを共通の価値観として大事にしている。

ちなみに、一人暮らし歴が長い夫はすべての家事をそつなくこなすスーパー夫。

同じようにしあわせな夫婦を増やしたいと思い、結婚当初から婚活サポーターの活動を夫婦で始める。お互いに意見を出し合いながら、婚活中の男女を応援することは、共通の楽しみでもある。

ただ、女ゆえの精神的な不安定(ホルモンの周期による)や、体調のぶれを抱えたままの生活は相変わらず。特に仕事や人間関係でストレスがかかると酷くなり、体調を崩すことも多かった。これは本腰を入れて取り組もうと決意し、2019年、子宮委員長はるさん、改め、八木さやさんの自分ビジネス講座を受講する。

受講のきっかけは、開講以前に発信されていた内容。とくに、ブログで自己開示していくことで自分を癒していくという考え方に、「これだっ」、と思ったから。以前から所持していた著書数冊を読み直し、子宮メソッドDVDを見直し、インスタライブを毎日チェック。

とにかくやってみないと身にならないと決めて、「楽に生きる」実践の舞台としてAmebaブログを開設。

他の誰かと八木さやさんの発信内容がぶつかったときは、八木さやさんを信じる。
八木さやさんと自分の腹の声がぶつかったときは、自分の腹の声を信じる。
迷うことが多い自分だからこそ、指針を決めて取り組んでいくことを大事にしている。

2019年6月開業届を提出し、「楽に生きる」を研究する【楽や】を開業。

これまで学んだカウンセリングやコーチング、アダルトチルドレンの知識をベースに持ちながらも、最終的には「その人が楽に生きられる道へ応援するだけ」をスタンスに、個人セッション等を開始した。(現在は休止中)

2019年9月からは、それまでボランティアだった婚活サポーターの活動を、事務外注請負として仕事化。楽やの名前で仕事を請け負い、イベント企画運営サポートや、会員さんとのメールのやりとりを行っている。自分ビジネス(体を楽に、一生どこでも働き続けられる働き方)のひとつの形として、好きな時間に出勤し、好きな時間に退勤する就業スタイルを要望し実現。

2020年からは、これまでの事務経験を活かして、個人事業主向けに事務サポートを開始。現在の主流メニューとなっている。
コロナ禍の中、オンラインでのグループコンサルを受けたり、自分でオンラインで事務サポートメニューを提供したりしながら、地元で動いているだけでは絶対にありえないスピードでどんどん知り合いが増える現象を体験。

また、若いころから興味があった性の分野についてのお話会や、自分ビジネスを伝える講座もオンラインで開催。現在ほとんどすべての仕事を、オンラインにて行っている。

住まいの富山県南砺市を含む日本全体に、自分ビジネス実践者を増やし、「楽に生きる、楽しく生きる」人を増やすために、自分が先頭に立って楽しい毎日を送っていくこと、それを発信していくことを続けている。

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